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現実に出合う**************************************************************************************吉 田淳治

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 この一連の水彩画を描き始めたのは、自分の仕事場ではない。詩を書く友人が、ひらめの養殖をやっていて、そこにある空き部屋を使って良いということにな り、4ヶ月間通った。
 私のところから車で15分程行った海岸にあり、陸にあるコンクリートの生簀に海水を汲み上げ、循環させながらひらめを飼っている。列なる事務所には、潮 風と湿気でサビ色になった剥き出しの配電盤、工具、餌、消毒剤などが、海に携わる仕事場特有の匂いに満ちて所狭しと置いてありそこから鉄の階段を上がった ところが、私の仕事場になった。その匂いにつられてか、数匹の野良猫がいつもうろつき、大量のノミやダニをこの部屋にまで運び、ちょっとした騒動にもなっ た。
 部屋はガランとして何もなく、階下からは、幾つにも 区切られた生簀を浄化する為のモーターやポンプの動き続ける音、それとともに流れる海水は、濁った滝のような音となって常に聞こえてくる。時折、彼が上 がってきて、その音を打ち消すように、ラジカセでクラシック音楽をかけて行く。
 しかし、私にとっては、すべてが静けさの内に孤立した変え難い場所であった。久し振りの水彩で何を描けばいいのかもわからず、あぐらをかき、ただ塗りた くっていた。そしてすぐに立ち上がっては、海に面する窓から、毎日、鴎を見ては過ごした。

 一月も経った頃、ある出来事を思い出した。二十数年前、磯釣りに熱中していた頃のこと。無風の夏の日、陸からかなり離れた小さな岩だけの磯に立ち、焼け たフラ


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イパンの上に乗っているような状況で、朦朧となってやっている時のこと。
 突然、黒アゲハが、海から生まれたように目の前に現れた。そして、ドローンとした海をヒラヒラと渡って行った。こんな沖に蝶が。一瞬、幻覚を見たよう な。そのシーンは強く私に残っていた。
 そこで、黒い絵の具に水をたっぷり含ませて、ベタッと塗りつけた。

 これまでの私は、イメージというものは絵を描く時に意識して借りるものではなく、むしろ抑制としての対象であり、それよりも色と形の純粋な成立ちに、い つも心は動いていた。イメージは、すでに自分の中に経験として溜っているもので、その全てがまるごと一緒くたになって、いやでも出てしまうもので、頭で膨 らませるものではなく、放っておけばいい。それよりも、絵を描くということは、それまでやってきたことが次に繋がって行く、その瞬間の手の動きがあらわし てくれるものだと思ってきた。それは描く時に考えないという、私の常のやりかたであった筈だ。
 しかし今回、何も描けない中で蝶を思い出したことによって、具体的なイメージをヤケクソで借りてしまったのだろうか。いや、そうではない。それこそは私 の出合った曖昧のない現実であった。黒アゲハは海を渡っていた。

 変わった出来事としてではなく、そのような現実はそこかしこにある筈だ。10年程前まで、自然な成行きの手掛かりとして、また自分のバランスとして、よ く釣りを


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し、流木で遊び、石を拾った。それがなぜか次第に遠退いて行った。しかし、年を経るにつれて、10m四方の狭い中であっても、出会う現実は増えて行くよう だ。あの部屋に通いだした頃、鴎を見ながら、”海が汚れたのは、人にとってかなしいのではなく、かもめにとってかなしい”などと呟いたりしていた。そんな わかりきったことが、現実となって私の内に立ち現れてくる。
 蝶を描くわけでも、鴎を描くわけでもない。その現実を、私は描きたい。

 昔、ジャコメッティが、一日の仕事を終え、夜食に出る。黄ばんだマロニエと灰色の貧しい家がつづいている通りを眺め、空を仰いで言う。「最高に美しいも のがここにある、どこかに行く必要なんてない」。そして、翌朝の仕事をはやく望む。それはジャコメッティの新鮮な繰り返しの、どこにも逃れようのない現実 だったのだろう。
 私も今までと変わるものでもない。ただ、現実との出合いという場所にこそ、絵を描く自らの置き所を見出すことができるように思えてくる。
 静かで、強い小さな画集になればいいのだが。
 今、私の仕事場の窓ごしにある石榴の木の葉が、色付く前に殆ど落ちてしまった。ここにあるものを、私は見ていたい。

1999年11月